院長プロフィール

院長 森 洋人

院長 森 洋人

沖永良部島出身です

私の出身は鹿児島県の沖永良部島(おきのえらぶじま)という沖縄に近い小さな島です。
海とお花の綺麗な島で、私の実家もお花を作る農家をしています。
小さい頃はよく畑の手伝いをしていました。そのおかげで足腰が強くなり、後の野球人生の
礎となりました。

夢は「甲子園に出場してプロ野球選手になる」こと

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小学校3年の時に父からグローブを買ってもらい、それが嬉しくて野球を始め「甲子園に出場してプロ野球選手になる」という夢を持つようになりました。

図書室で出会った1冊の本

中学校1年の時に、もっと野球が上手くなるにはどうしたら良いだろう?と考えていた時に、図書室で「野球パワーアップトレーニング練習法」という一冊の本と出会いました。
そこにはインナーマッスルの重要性や、トレーニング方法、栄養学やメンタルのことなどが書かれていました。
当時私しか読まないだろうと思っていたため、未だに実家にあるので、そろそろ返しに行かなければと思っています。
その本を元にトレーニングしたおかげで、高校は野球の名門校に進学できました。私の治療家としての学びの原点はここにあったんだなぁと思っています。

島を離れ甲子園常連高の樟南高校へ

厳しい上下関係と寮生活

高校は島を離れ、寮生活を送っていました。母校樟南高校は、甲子園常連で野球部は全員寮制。これがまた大変な生活で、上下関係が厳しいのはもちろんのこと、1年生はテレビも見られない、携帯持てない、外出禁止、お菓子・ジュース飲食禁止など厳しいルールがたくさん…
お菓子もジュースもダメという生活をしていると、牛乳がめちゃくちゃ甘い飲み物だと気付き、毎日飲んでいました!
1年生の時、みんな一つの部屋に集まって涙ながらに励まし合うという、青春ストーリーもありましたね(笑)

厳しい練習を経て甲子園へ!

院長:真ん中列 後ろから2番目

院長:真ん中列 後ろから2番目

練習も当然厳しく、朝6時にはグラウンドを走っていましたし、夕飯を食べた後は夜の10時まで練習をしていました。
そのおかげで、高校三年の夏、晴れて甲子園出場という夢を掴むことができました!!
しかし…その頃の私の肩はボロボロで、ボールを投げるたびに激痛に襲われていました。けれどもメンバーから外されたくない!という思いで必死に練習しました。

チームトレーナー、整骨院の先生に支えられて

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その時に支えてくださったのが、チームのトレーナーであり、整骨院の先生でした。その方たちのおかげで何とか練習を続けることができ、甲子園でプレーするという夢を叶えることができました。
その後、野球を続けるため大学の進学も考えていましたが「夢を叶える手伝い」をしてもらった恩返しがしたい!という想いから、今度は私が「誰かの夢を叶える手伝い」をするためにこの道へ進みました。

高校卒業後、京都へ

吉本新喜劇の島田一の介さん、島木譲二さんと

吉本新喜劇の島田一の介さん、島木譲二さんと

専門学校では学業成績トップ

高校卒業後は、京都の鍼灸学校に進学しました。3年後、無事国家資格に合格し、鍼灸整骨院に就職。そして更に勉強したいという想いから柔道整復師の資格を取るため、もう3年間学校へ。
この3年間はとても大変でした。朝仕事をして、昼から夕方まで学校へ行き、夜また仕事に行く。しかも私は負けず嫌いなので仕事をしているから勉強ができないとか、学校へ行っているから仕事がおろそかになるとか、そういうものが大嫌い。仕事も時間が許す限りフルタイムで働きましたし、学業でも常にトップで(3年生の時の試験は全て1位)、主席で卒業することができました。ただの自慢(笑)

「野球バカ」勉強をしたことがなくても…

なぜ私が学業をがんばれたかというと、私は野球バカで、今までほとんど勉強したことがありませんでした。が、専門学校ではスタートラインは皆同じ。英語や数学が得意だからといって解剖学や生理学ができるわけではありません。
それであれば私は人に負ける理由はなし!そのことも私が勉強をがんばれた一つの理由だと思っております。
それに、人体の勉強をするのが楽しいと思う、ちょっと気持ち悪いやつでした。

学業はトップ!だったけど…

無知な自分を知ってしまったから

就職先の院長は大阪でも有名な整形外科で勤務されていて、外傷や整形外科疾患に精通していました。学校で学ぶ勉強は出来て当たり前、基礎の基礎でしかないと思い知らされました。勤務当初は、これから身につけなければならない知識の量の膨大さに、何から手を付けたらよいのかもわからない状態でした。
しかし院内での勉強会や、各地でのセミナーへの参加、「こんなんも分からへんの?」というプレッシャー(笑)など、大変勉強させていただける環境で、今となってはその経験が最も大切な基礎となり私に自信を与えてくれています。

チャレンジが好き!

野球を通して気づいた「サポートをしたい」という想い

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私がこの仕事を志したきっかけは、痛みで苦しむ選手をサポートしたいという想いからでした。
しかし今は、体のことで悩む全ての人をサポートしたいと考えるようになりました。
それはなぜかというと、スポーツ選手であれ、お年寄りであれ、皆なにか希望を抱きチャレンジしているからです。
スポーツ選手であれば痛み無くプレーしたい、パフォーマンスを向上したいという想いや、女性であればより美しくありたいという想い、お年寄りであればもっとしっかり歩けるようになり、買い物や旅行に行きたい、腰や膝の痛みを治してお孫さんを抱っこしたいなど皆がチャレンジする気持ちを持っていることに気付いたからです。

患者さんのチャレンジを応援するために開院

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患者様の症状を根本的に改善し、チャレンジする気持ち、夢を叶えたいという気持ちをサポートすることが私の使命だと思っております。
その使命を実現し、120%全力で目の前の患者様と向き合うために開院することを決意しました。